黄梅院 |
2014年07月20日 |
黄梅院跡
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2004年12月30日 |
武田信玄の娘(名不明)北条氏政に嫁し氏直外一、二の子の母と伝えられるが(永禄12年甲相の和議破れ戦禍のため詳細不明)27歳で没す。夫人の死後信玄は供養のため大泉寺に多額の寺領を納め、この地に末寺黄梅院を建立させ法名は「黄梅院殿智永鳳瑞尼」と言う。又小田原伝心庵の過去帳には「黄梅院殿春林宗芳大禅定尼」と記されてある。又寺の本尊は「将軍地蔵」又は「子安地蔵」とも言われ現在滝坂蔵院に安置されている。 県道甲府敷島韮崎線を甲府方面に進み、上宿、下宿、大屋敷を経て滝坂付近で左側にそれる小さな道の方に進むと左側の防災無線の鉄塔の下に小さな祠があって黄梅院の看板もあるのですぐに分かると思います。実は私はなかなか見つけることができず、犬の散歩をしている人に尋ねましたが、なんと武田不動尊の場所を訪ねた人でした。
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