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長野県佐久市

入沢城

2010年01月31日

入沢城は関東山地から西に走る一支脈の末端、入沢村の南方山上にあり、南西斜面には吉祥寺(曹洞宗)、西方脚下に八幡社、北方には大宮諏訪社があり、その近辺を「北小屋」と称している。
城に関する明確な記録は少ないが、文明元(1469)年『諏訪御符礼之古書』に「五月会、入沢長助、御符之礼三貫三百文」とあるので、その頃までは入沢氏が在城していたのであろう。
その後、大井氏に代わり、天文9(1540)年の『塩山向岳庵小年代記』に「板垣駿河守様太守信虎命為大将、信州之佐久郡出張、始臼田・入沢両城、攻破数十城」とあるように、武田氏の手中に落ちた。天正年間(1573-92)の頃は水石和泉守が在城したといわれる。
城の南・西・北方は急斜面をなしており、東方の尾根には三条の堀切を構えており、頂上部には現在、三郭が確認できる。城付近からは大小の石臼破片や宋銭が発見されている。
(日本城郭大系より)



2009年05月05日

「塩山向岳禅庵小年代記」には「板垣駿河守様太守信虎命為大将、信州之佐久郡出張、始臼田・入沢両城、攻破数十城」とあるように、武田氏の手中に落ちた。天正年間の頃は水石和泉守が在城したといわれている。
(日本城郭大系より)

吉祥寺

入沢城へは吉祥寺から登れるという話を聞いたので吉祥寺に行きました。副住職が丁寧に対応してくれました。入沢城への登り口を教えてもらったのですがちょうど雨が降ってきてしまったので城跡への登山は次回に延期することにしました。

 

 
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