林城(大城) |
2014年05月25日 |
林城(大城)全景
林城(小城)から見た林城(大城)
小笠原氏城跡・林城 林大城の石垣と土塁 |
本郭
南北朝争乱時の功績により信濃守護となって府中(当時の松本の呼称)に入った小笠原氏は、戦国時代に武田晴信が信濃に進攻するまでの間、筑摩郡及び安曇・伊那地域を中心に勢力を張った。その間小笠原氏は、平地の城館である井川城と山城の林城を根拠地として、四周に順次山城群を配置して強固な防衛線を構えた。 |
本郭の土塁
本郭奥の堀切
石垣
2003年07月05日 |
小笠原氏城跡・林城 林大城の石垣と土塁 |
林城
南北朝争乱時の功績により信濃守護となって府中(当時の松本の呼称)に入った小笠原氏は、戦国時代に武田晴信が信濃に進攻するまでの間、筑摩郡及び安曇・伊那地域を中心に勢力を張った。その間小笠原氏は、平地の城館である井川城と山城の林城を根拠地として、四周に順次山城群を配置して強固な防衛線を構えた。 |
遊歩道途中の休憩所
東城山遊歩道の解説 |
遊歩道を少し登ったところから松本市内方面
林城へは東城山遊歩道から登ったのですがこの道はけっこう疲れる道でした。頂上まで行って分かったのですが裏側から車で登れる道(普通の車では困難?)がありました。結局帰りは同じ道を帰るのも面白くない!と思って車の道を下ったのですが下りたところはまったく反対側だったのでここからまた歩いて遊歩道の入口まで戻ることになり、ちゃんと下調べをしておけばこんなに疲れなかったのに。。と思いましたがしかし遊歩道は必ず歩くべきですね。何段にもなった曲輪が連続し規模の大きさを実感しました。雰囲気的には小県の長窪城のように山の尾根を利用して細長く曲輪が続くような感じですが規模は全然違います。こんなに雄大な本城とその周りに配した支城による難攻不落とも思える松本平も戦うことなく武田晴信に占領されてしまっているんですね。まさしく人は城人は石垣人は掘〜を実感します。
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