愛知県設楽町
長篠合戦に負け逃げ帰ってきた城主菅沼定忠が、留守居の家老今泉道善などの謀反で帰城できなかったことから、定忠は翌天正4(1576)年7月14日に夜討ちをかけ、一族郎党96人を捕らえてのち、首謀者・道善の首をこの地で生きたまま鋸で切り落としました。 (石碑記載文章より)