<18日目>1988年8月7日
7:00起床。外は相変わらず真っ暗である。経度の分とサマータイムの分を考えれば日本と4時間の時差があっても当然だから7時といっても日本の3時ころである。
腹が痛い。どうもウルムチ以降腹の調子がおかしい。Y氏が便所へ行きS氏も行く。みんな大便だ。腹の調子がおかしいのだろう。S氏が出てきたのだが私になかなかクソをさせてくれない。水が流れないのだそうだ。コップで水を汲んで流したらしい。私の番はもう水などない。水道からも水は出ない。
8:00部屋を出る。まだ外は暗いので鳥目のY氏は歩けない。コーヒーショップの入口は門が閉まっていたので新館の方から出てくる。運良く外には馬車が1台いた。交渉して1人2元でバスターミナルまで行ってもらう。この人やたらと馬をたたく。馬がかわいそうである。
8:30にはバスターミナルに到着。また大便をもよおす。厠を探しに出かける。ターミナルの入口で「厠所ツァイナー?」と言ったら通じたようで指で指し示してくれた。道の向かい側である。行ってみるとこれがキタナイ! 中国では初めて公衆便所に入ったのだが、靴の裏にはクソがこびりつくわ、臭いわ、こらえる声は聞えてくるわ、もう最悪である。ただまだ暗かったので状況が見えなかったことだけが幸いした。彼らはターミナルで2日分の食料を買っていた。そしてターミナルの入口に行って切符を見せて中に入れてもらいそれぞれのバスの所へ行く。2人はトルファン行きのバスに行ってしまったらしい。私のヤルカンド行きバスは3番目のバスだった。みんな荷物を乗せないので待っているとみんなはバスに乗り込んでしまう。みんな荷物は無いらしい。私も急いで乗せてもらい4角払って乗り込む。座席はNo.1のはずだがそんなことは無関係。私は中ほどの通路側で隣は中国人母子である。乗り込んだのは9:00 もう明るい。9時出発予定なのだが、なんだかんだあって出発したのは10時前。
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