梅ヶ島温泉のこと
梅ヶ島温泉の発見は約1300年前にさかのぼると伝えられている。昔からこの湯は「黄金の湯」と呼ばれていたが、これは近くの山から産出された砂金を朝廷に献上し天皇から、金に関係の深い湯であるとして名付けられたのが起源であるといわれている。
戦国時代、この地は甲斐の武田氏の領内の一部であったが、療養に良いこの湯は、武田氏の傷ついた兵士が湯治するための「隠し湯」として利用され、その後徳川家康も梅ヶ島金山に力を入れたといわれ、当時この湯も金坑の工夫の疲れを癒す場として賑わったことであろう。
このように梅ヶ島温泉は、古くから療養の湯として知られ、また静岡、山梨県を中心とした住民の農閑期などの憩いの場としての鄙びた温泉郷であった。
(看板資料より)
梅ヶ島温泉の歴史
梅ヶ島温泉は、静岡市の北部、安倍川源流に近い安倍峠の麓に位置し、標高1000メートルの雄大な山々に囲まれた静寂な自然環境の中にあります。その歴史は古く、一説には約1700年前に遡るとも言われています。三人の狩人により発見された説、砂金取りにより発見された説、或いは、仙人が三匹の蛇が遊んでいる泉を見つけて発見された説など、梅ヶ島温泉の発見にまつわる逸話が多数あります。
戦国期には、信玄の隠し湯とも言われ、古くから美人づくりの湯と知られるこの温泉は、単純硫黄温泉で、神経痛・関節痛・うちみ・痔・冷え性・疲労回復・皮膚病などに効能があり、ツルツルとした感触の良い温泉は清く澄み、時として黄金色に輝き、湯の花を浮かべ、長い間、湯治場として多くの人々に親しまれてきました。
昭和4年の大火、昭和41年の大水害等の苦難もありましたが、現在は旅館・民宿・土産物産など十数軒が軒を連ね、その歴史を今なお継承しています。
この地、「おゆのふるさと」は、昭和45年に開設した市営浴場が平成11年4月に梅ヶ島新田へ移転新築されたことに伴い、再整備したものです。梅ヶ島温泉の泉質を感じていただくお湯に触れる施設や湯之神社・岩風呂・湯滝等を回遊散策し、展望デッキからは梅ヶ島温泉街も一望でき、梅ヶ島の魅力を垣間見ることができます。
(看板資料より) 昔家族旅行で武田信玄史跡めぐりをしたときに梅ヶ島温泉の旅館に宿泊しています。アルバムで調べたら1984年ということが分かりました。要するに今回は20年ぶりに梅ヶ島温泉街に来たことになります。上の写真のような温泉街の風景を見た瞬間、20年前のことを思い出したので多分町並みはそんなに変わっていないのだと思います。残念ながら温泉には入りませんでしたが、日帰りで入浴できる所も幾つかありました。標高が千メートル近くこの日も朝に梅ヶ島についたころは4℃くらいしかなくて寒かったですが雪を見ることはありませんでした。
ちなみに安倍峠は静岡県側で崩落のため通行止めとのことで、身延にぬけることはできませんでした。しばらく通行止めが続きこれからは冬の閉鎖時期になるとのことですのでまた暖かくなったら来てみたいと思います。
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