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長野県佐久市

籠石

2010年01月31日

@佐久市平賀の城山の西側に、籠石というところがある。そこには三間(約5m)に二間位(約4m)の大きな四角の石がある。武田信玄が平賀源心を攻めた時、信玄の籠石をその上にのせた。そこで籠石といい、今ではその石の付近を籠石と呼んでいる。一説には、石の形が籠に似ているからだともいう。
(『佐久口碑伝説集』南佐久篇258頁)

A平賀城山の西に籠石という場所があり、三間に二間の四角な石がある。武田信玄が平賀源信を攻めた時、信玄の駕籠を上にのせた石といい、付近も籠石と呼ぶ。
(『佐久市志』民俗編下巻1128頁)

平賀の町中で籠石について聞いていたら、地元で平賀の七石を研究している人に会うことができました。彼に同行してもらって籠石と思われる場所に連れて行ってもらいました。場所は平賀城の曲輪の中でした。平賀城には以前来たことがありましたがこの籠石と思われるものがある場所までは行っていませんでした。曲輪跡といっても昔はこの曲輪跡を畑にして農作業をしていたのだそうです。山城は城跡であっただけではなくその後最近まで畑などに利用されている事実を知らされたのでした。だから石垣などもきれいに残っている所が多いんですね。その後彼には抱石や姥石(共に武田氏とは無関係)なども案内してくれました。

 

 
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