平倉城 |
2009年05月03日 |
平倉城には以前行ったことがあるのですが、夕方だったこともあり秋葉様のところまで行ってその先の道が分からなくなってしまったので勇気を出して撤退していたのです。いつかは一番上まで登りたいと思っていました。今回は平倉城に登る予定は無かったのですが、神宮寺の住職のお話を聞いてすっかり登る気になってしまったのです。登り口は分かっていたのでそこに車を置きました。ここは登るのが大変なところであることは分かっていたので入念に準備しました。靴の紐を締めなおし、膝のサポーターをして登り始めました。 |
村史跡 平倉城
平倉城の合戦 上杉の援軍 平倉の神社 |
局屋敷
城主の奥方を中心として、これに仕える婦人の屋敷跡である。小石が敷かれてあったのが見つかっている。上段、中段、下段と三段になっている。つぼねの平とも言う。 |
山頂部にあった穴
2004年10月17日 |
平倉山
史跡・平倉城址遊歩道案内 |
登山途中からの景色
平倉城は別名小谷城であり、新田次郎の小説武田信玄では、第3次川中島合戦で上杉勢が武田信玄を追って信濃に攻め込んできたときに突然武田軍によって落とされてしまった城という程度の認識でした。しかし現地に来て見ると、ちゃんと案内板もあって平倉城付近だけでなく数多くの伝説などが残されていることを知りました。 |
歩き始めてすぐの神社
秋葉様
切った屋敷(正面山裾)
平倉城を攻落とした後、武田方では一門一族の残党狩りを行い、生き残った者、傷ついたものを捕えて男は皆切ってしまった。その場所を「切った屋敷」と言っている。
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